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【歴史】美しさの基準は昔から常に変わり続けている|そんなものあって無いようなもの!

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こんにちは、Ayakaです。

 

美の基準は時代と共に変わりますが、変わらないのは特に女性が常にその美の基準を満たすために努力しようとしていることだと思います。

 

今回は結局美しいとは何なのか、もっと個性を磨くという考えをより多くの人が持つようにできないのか、を『美しさ』の歴史を紐解きながら考えたいと思います。

 

 

 

 

太っている=美しい vs. 細い=美しい

 

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現代は細い方が美しいという概念がまだまだ社会に根強いですが、14世紀から16世紀の間(ルネサンス期)は細い=貧乏のように捉えられていた為、大柄な、現在なら太りすぎと認定されかねないような体型が良いとされていたそうです。

 

ルネサンス期よりも昔も、基本的には同じで、しっかりとした体格の女性でないと、子どもが産めないと見なされていたようです。

 

イギリスでヴィクトリア女王が統治していたヴィクトリア朝時代には、細いウエストが良いとされていていました。

 

ドレスの形が特徴的で、映画などで女性が必死になってウエストのコルセットを締めているシーンを見たことがある人もいるかと思います。

 

容易に想像がつきますが、ウエストを限界以上にに締め付けていて、呼吸が苦しくなったり、座ることさえままらないことが多々あったようです。

 

内臓が本来の位置からずれてしまうなど健康問題を抱える女性までいたとのことです。

 

 

丸顔 vs. シャープな顔

 

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現代は顎が割とほっそりしたモデルが多いですが、ルネサンス初期時代には丸顔が良いとされていました。

 

私は美術に疎いですが、ルネサンス初期時代の絵画には理想像として丸顔の女性が描かれているそうです。

 

日本の平安時代の頃の女性の絵画もそうですよね。いわゆる下膨れ顔の女性が多く描かれていたと思います。

 

日本国内外問わず、美容グッズコーナーで、顎をシャープにする効果のあるとされている商品が置かれています。

 

整形手術の広告を見ても、あえて丸顔にする手術の宣伝は見たことがありません。

 

長い間、白人が世界中で起用されてきたことが要因だと思いますが、現在ではまだ顎がシャープな顔の方が良いという傾向が強いですよね。

 

 

カーヴィーに見せる vs. フラットに見せる

 

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1920年代は、いわゆるボン・キュッ・ボン体型ではなく、出るところは隠すのがトレンドだったようです。胸が目立たないように、巻いてまで隠そうとしていた女性もいたとのことです。

 

1930年代から50年代は、反対にカーヴィーな身体を見せるのが魅力的だと、ハリウッドの影響が社会現象化していきました。代表格は言わずと知れたマリリン・モンローです。

 

1960年代には、とにかく細いが良しとされていて、危険なほど細い体型のモデルが多く起用されていました。

 

30年代から50年代のようなカーヴィーさは必要でないとされ、とにかく細くが主義でした。

 

80年代にはエアロビクスが流行したようですが、90年代にはまたケイト・モスを代表モデルに、細いが良しの時代が再来しました。

 

 

白い肌が良し vs. 小麦色に焼けた肌が良し

 

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日本国内では一般的に白くて透き通った肌が良いとされていて、美白を謳った商品があちこちに陳列されています。

 

逆にアングロサクソン系の民族が多い国(白人が多い国)では小麦色に焼けた肌健康的に見えるので良いとされていて、特に夏には日光浴をして日焼けさせる人が男女問わず多くいます。

 

白すぎる肌だと健康状態が悪いように見えるらしいです。

 

面白いことに、エリザベス1世の時代には反対に白い肌が階級の証だとされていて、白ければ白いほど良く、顔を白く見せる化粧がされていました。

 

同じ民族でも、時代が違えば美の概念が真逆なのですね。

 

 

男性がメイクするのが当たり前 vs. 男はメイクなんかするな

 

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フランスでは1789年にフランス革命が起こる前までは、貴族の男性がメイクをすることも女性がメイクをすることと同じように捉えられていたそうです。

 

革命後は、貴族と差別化するため、メイクをしなくなったり、メイク自体が革命前より簡易なものになったという歴史があります。

 

現代はどうでしょうか。

 

日焼け止めを塗る男性や美白化粧水を使う男性について、美意識の高い男性などと呼ばれて、日本のテレビ番組で取り上げられていたのを覚えています。

 

女性が同じことをしていても取り上げられるわけでなく、何ら特別なことではないですよね。

 

自分の家族や親せきにも「男はメイクなんかするな」と言いそうな人がいるように、現代の社会では男性のメイクまだ一般的ではないと思います。

 

 

結局美しさの基準って?

 

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日本では一重があまり好まれず、アイプチや整形などで二重にしようとする人が少なくないですが、日本以外(アジア以外)で起用されているアジア人モデルでパッチリ二重の人は見たことがありません。

 

東洋の美と言えば良いでしょうか。他の地域出身者は生まれ持つことのできない、キリッとした目が特徴的で格好よく美しいと思われるようです。

 

私も正直欧州に住み始める前までは、自分のザ・アジア顔が嫌な時がありましたが、今では大多数とは異なる特徴的な顔に感謝するようになりました。

 

私の体型については、日本では標準体型だと思いますが、ヨーロッパでは細め、時には細すぎと言われることもあります。

 

ここまで書いてきたように、時代と場所によって美の基準は正反対の場合が少なくありません。

 

結局、自分らしくてOKなのです。というか、自分らしくないとダメでしょ!と私は思います。

 

誰かの基準に合わせていれば自分ではなくなりますし、誰かの基準はまた他の誰かの基準と異なるので、万人にとっての美しいに誰一人としてなることはできません。

 

モデルや芸能人でも同じです。例えば私が好きな俳優さんを世界中の全員が一致で美しいと思うことはないでしょう。

 

もっと有名なアンジェリーナジョリーやマドンナを例にしても同様に・・・。

 

自分の身体を磨くことは、自分が心地よくいられる限り大切だと思います。

 

でも、その磨き方を、社会が勝手に作ってきた美しさをずっと基準にしていては、自分の個性ある美しさがなくなってしまいます。

 

欧州で見る限りですが、マネキンのサイズが豊富になってきました。社会の考えも少しづつ変わってきていると実感しています。

 

もっと自分基準で生きてもいいんじゃないかな?

 

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最近では、アシュリー・グラハム▲を代表にプラスサイズモデル呼ばれるモデルたちもどんどん登場してきました。

 

彼女の写真を検索すると普通にセルライトがあるのが一目瞭然で分かります。

 

もちろん私の身体にもセルライトがありますが、セルライトっていつから誰によって悪いものとされたのでしょうか

 

そうです、セルライトって普通に生活していれば大概持つものなのに、その普通を社会からいつの間にか否定され、多くの人がそれを信じているのです。

 

繰り返しになりますが、皆もっと自分基準の美しいで生きたらいいんじゃないかな。美の基準ってこれからも延々と変わっていくものでしょうし・・・。

 

自分基準の美しいで生きれば、もっと自分の身体を愛することができるようになって、毎日をもっと心地よく過ごせるようになると思います。

 

自分が心地よく過ごせれば、周りの人のことももっと愛せるようになるはずです。

 

読んでくださった皆さんが、自分の個性をもっと大切にして、ありのままの自分の身体を愛せるようになることを心から願っています。

 

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