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鳥取から海外挑戦への道|英語教員を目指す中、カナダ留学で実感した日本の田舎の高校生を取り巻く環境の過酷さ

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こんにちは、Ayakaです。

 

今後暫くは、新規で更新していく記事にインタビュー物が多くなりそうです。

 

その暫く続くインタビュー物の第一弾を飾ってくれるのが、鳥取県出身で、大阪大学外国語学部英語専攻の現役4回生であるKです!

 

<Kの簡単なプロフィール>

鳥取県出身

・筆者とは高校の同級生

・現役後期受験で大阪大学外国語学部英語専攻合格&入学

・大学時代1年間カナダ・バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学に交換留学

・2020年夏季休暇中、母校の高校で教育実習を経験

・最近は毎朝5時半に起きて早朝ランニングへ向かう

・2021年4月より東京のIT会社で勤務開始予定

 

プロフィールだけみると、「こいつはただの天才だな。私/僕には無縁の話だ」と思ってしまいそうになりますが、最後まで読んでから判断してあげてください。

 

Kは目指していた第一志望の大学に前期試験でフラれてしまったり、得意なはずの英語に関して、カナダでちょっぴり悔しい思いをしたり、きちんとつらい経験もしてきています。

 

天才であることは半分間違いありませんが、「天才」という一言で片づけてしまってはいけない努力と経験を、鳥取大阪カナダでしてきているんですよ。

 

実はK、鳥取で高校生だった時は、高校の英語教師を目指していましたが、大学に入ってから、特に、カナダでの交換留学中と帰国後の教育実習中に、

 

自身の歩んできた人生、又、日本の田舎の高校生が置かれている環境について深く考えるきっかけがあり、英語教師に卒業後すぐにはならない決断をしたと言います。

 

今回は、そんなKに、どういったきっかけで高校での英語教師を目指すようになり、何が分岐点となり方向転換をする決定をしたのか、カナダで一体どんな経験をしたのかなど、Kが母校の教育実習でも痛感した日本の教育の課題点と共に、聞いていきます。

 

同時に、新卒で英語教師として働く予定は無いといえど、英語の学習法に長けていることは間違いないので、日本人の英語への向き合い方についても聞いてみました。

 

Kは田舎の中の田舎(ガチの田舎)出身です。特に、日本の田舎の高校生に一読してみてほしい内容になっています。

 

それではレッツゴー!

 

 

 

 

落ちて良かった、大学受験

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―高校の英語の先生になりたいと思ったきっかけは何だったの?

 

さかのぼると中学生の時だね。

 

小さい時から英語を習っていたわけではなかったけど、学校の英語テストの成績が割と良くて、中学の先生が「英語の弁論大会に出てみない?」って声をかけてくださったから、「格好良いしやってみよう!」くらいの気持ちで承諾したんだよね。

 

ただ、一番大変だったのが、練習で外国語指導助手(ALT)の先生と二人きりになること。

 

たった1年や2年、学校だけで習った程度の英語力だと、何も会話ができなかったんだよね。

 

ALTの先生が何言ってるか分からないし、自分が言いたいことも伝えられない。正直、気まずくて、初めはその時間が嫌だった

 

でも、「せっかく二人で練習するなら楽しくやりたい!」と思って、辞書で単語を調べて準備して、つたない英語ながら自分から伝える努力をすると、ALTの先生は真剣に聞いてくれるし、簡単な単語に置き換えて僕にもわかるように話してくれた。

 

これを頑張って続けていたら、英語のレベルは低くても、「なんか通じるぞ!」っていう瞬間を経験できたんだ。

 

その時、生まれ育った環境が違うのに、英語という言語を通じて意思疎通が図れることのすごさと楽しさを実感して、「この感動を沢山の人に味わってもらいたい」思った。

 

この経験から、英語の先生になりたいって思ったかな。

 

―第一志望は京大にしてたよね?

 

結局前期試験には合格できなくて、一番に目指していた所には行けなかったけど、不合格の結果が分かった時の正直な気持ちはどうだった?

 

やっぱり悔しい?ショック?別の感情?

 

ショックっていうか、「さすが京大だな」って思った。

 

―むしろ感動する?(笑)

 

そーだね(笑)

 

もともと、「京大で○○が勉強したい」と思って志望校に設定したわけではなかったんだよね。

 

1年生の時の担任の先生と話してる中で、「どうせだったら関西で一番高い所を目標に据えて勉強した方が、絶対に力は伸びるし、京大に行ける力があれば、正直、将来色々選び放題だよね」って気づいて、とりあえず志望校に決めた感じ。

 

それで気づいてたら京大がただの目標から憧れであり、本気で叶えたい目標に変わっていったって感じかな。

 

最初は、京大に行けるなんて本当に思っていなかったけどね。

 

―ホントかいな(笑)

 

うん、ホントホント!

 

僕は、田舎の中でも、中心部からはだいぶ離れたガチの田舎から来たから、自分の周りにそういう大学を目指す人がいる環境ではなかった。

 

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「京大とか東大なんてもう、とんでもじゃないけど・・・」みたいな感じで思っていったんだ。

 

でも、あえてレベルの高い所を目標に設定して、計画的に本気で勉強した結果、満を持して行って敗れたから、もちろん悔しい気持ちが無いわけではないけど、「うわ~、これだけやり切ったけどさすが届かないか~!」っていう気持ちの方が大きかったね。

 

―結局、後期試験で阪大に受かって行っているわけだけど、自分の中で限界を勝手に決めず、目標を高く設定したことが良かったと思う?

 

絶対にそう。

 

一番最初の模試に志望校として書いた大学の判定は、1年生の時点でそこそこよかったんだよね。

 

京大を本気で志望した結果、とても挑戦のし甲斐があって、受験当日までハラハラした気持ちでいられたから、すごく楽しかった。

 

自分の中で届くかわからない高い目標を設定してそれに向けて努力するっていう経験ができたし後悔はしてないかな。

 

結局僕は京大文学部じゃなくて阪大外国語学部でいい経験できてるしね。

 

 

結構過酷な状況にいる田舎の高校生

 

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―教員を目指して大学へ入ったはずだけど、何で卒業後すぐには教員を目指さないことに決めたの?

 

2つ理由があるかな。

 

1つ目は、僕にとっては日々ワクワクする仕事ではないと思ったから。

 

僕の中で先生になることのメリットの1つは、自分が住み慣れた鳥取に戻って、尚且つ、自分が小さいころから見てきている職業に就けるから、すごくイメージはしやすいってことなんだよね。

 

でも正直、自分が今既に持っている英語力で、教え方を工夫したり、生徒への向き合い方について極めていけば、その仕事をこなせるビジョンが見えてしまう。

 

もちろんその中に難しさややりがいがあるのもわかるんだけどね。

 

でもやっぱり現役の先生には申し訳ないけど、ゲームのクリアの仕方が分かってるみたいなイメージを持っちゃったんだよね。

 

先生方が教育のプロとして日々奮闘されていることを心から尊敬しているのだけど、僕にとっては日々ワクワクする生き方ではないかな。

 

後でもう少し詳しく話すけど、交換留学先のカナダでは、色々なことを学んで、言語面に関する新しい知識を得たり、新しい価値観に触れられる経験を毎日のようにしていたんだよね。

 

自分が日々新しいことに出会って成長していく感覚がすごく楽しくて、ワクワクが止まらなかった。「僕が本当に心の底から楽しめる環境はこれだ!」ってなったんだよね。

 

だからこそもっとワクワクできそうな職に就きたいし、できれば留学と同じような、もしくはそれ以上の経験を英語を通じてしたいから、海外で働くことを当面の目標にしたいと考え出したんだ。

 

鳥取に帰って先生になるのは、ある程度自分の着地点が見えてしまっているから、大学卒業後すぐの目標にしたいとは思わなくなったかな。

 

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2つ目の理由は、進路指導が今の僕には絶対にできないと思ったから。

 

残念だけどこの理由は、先生を辞める人の理由にありがちなんだよね。

 

僕は中学生の頃から、良い意味で言うと、夢を持ってまっすぐ勉強してきていたけど、カナダに行って、それは他の選択肢や機会を見落としてた結構狭い考えだったってことに気づかされた。

 

カナダでは、年齢に関係なく、何がしたいかを言いやすい雰囲気、そして挑戦しやすい雰囲気があるんだよね。

 

したいことを正直に答えると、”That’s cool”、「それいいね」って言ってもらえるし、明確なゴールがなくても、「とりあえず今〇〇をやってみたいからやってみようなかな」って言うと、”Why not?”、「挑戦しない理由なんてないじゃん!」ってその挑戦を応援してくれる。

 

そして自分自身の意志を持って決断したことだから、絶対に文句を言わず楽しそうにチャレンジするんだよね。

 

そんな環境が最終的にそれぞれの満足のいく多様なキャリア形成につながっていくんだって感じた。

 

実際、カナダでできた友達は、大学を卒業してからも毎日楽しそうに好きなことに挑戦してるしね。

 

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それでキャリア形成は本当に多様だってことに気づいたからこそ、今のままの自分、つまり日本で学生として過ごして、即学校の先生になっても、自分の経験から生徒に還元できるものが無いと思った。

 

どうせ、成績に基づいてなんとなく大学を選ばせて、あとは自分で頑張れ、みたいになってしまうんだろうって考えると・・・。

 

まあそれしか指標がないのも理解できるから仕方ないとも思うんだけど、それでも僕はそのやり方は嫌だなって。

 

阪大に来てもちろん良かったと思うけど、もしも高校生の時点で海外の大学へ進学する選択肢とか、もっと多様な選択肢に触れる機会があれば、自分は何を選んだんだろう?って考えると少し惜しい気持ちになることもある。

 

だからこそ僕は将来関わるかもしれない生徒には同じ思いはしてほしくない。

 

田舎の高校でも、自分の豊富な経験や知識に基づいて多様な選択肢を提供できる先生、生徒が自分自身の意志を持って決断して、満足感や自信をもって次のステージに進んでいける手助けができる先生になりたいって思った。

 

だから先生になるならまずは自分が色んな経験をして、色んな価値観を持った人と関わって学ぶ機会をつくらないとなって感じた。

 

―制度的な問題もあって、自分の力だけでは変えられないところもあるよね。

 

先生が選択肢を提示してあげることができないと、結局その時に興味が無くて生徒が自分で調べていなかったからって理由で、生徒の道が閉ざされてしまうことになりがちなんだよね。

 

やっぱり鳥取みたいな田舎に住んでいたら、東京や大阪に住んでいる人よりも、国際交流に対する認知が低かったり、海外の4年制大学へ進学する選択肢もあるっていう事実すら知らずに過ごしてしまう可能性が高いし、それは生徒の力だけじゃどうにもならないって、大学の都会出身の友だちと話しててひしひしと感じたんだ。

 

実際、彼らは中学や高校の時点で海外の語学研修に行く機会がたくさんあったり、英語以外の第二言語に触れられる機会もあったりするからね・・・。

 

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実際僕も当時から英語が好きだったにも関わらず、そういった情報にあまり触れられなかったんだよね

 

だからこそ留学に限らず、職業に関しても様々な選択肢を提示した上で、生徒が本当に満足感をもって進路選択をしてもらいたいと思ったんだよね。

 

生徒達には「高校の時にこの道を選んだから、今これができている」って心から思ってもらいたい。

 

現役の先生方に怒られてしまうのは承知で言うと、大学卒業してすぐ鳥取に戻って先生になっても、自分が提供してあげたい進路指導をすることは絶対に無理だって明らかに分かった。

 

だから、いずれ先生として還元できること、したいことができたら先生を目指すのは有りだと思うし、そうじゃなかったら先生にはならなくていいって今は思っている。

 

とにかく、今の自分にはできる職業ではないと思ったから、ならないって決めたんだ。

 

―母校で教育実習をしていた時、進路相談や英語の学習に関して多かった質問はどんなことだった?

 

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文系の子だと、「もし私が興味の赴くままに文系を選んだらどういう職業につけますか?」って感じの質問が多かった。

 

そもそも、弁護士や先生とか、結構分かりやすい職業しか具体的にイメージしにくいのかなって感じたね。

 

会社員ってくくりでその他を見てしまっていて、会社に入ってできる国際的なこととか、会社内での法務部の仕事とか、様々な職への認知がまだ低いと思った。

 

結局潰しのきく「理系に行け」っていうアドバイスが生まれてしまう背景にもこういう、多様な選択肢への低い認知が関係しているかも。

 

文系に行ってもできることが沢山あるのに、理系よりも将来像が描きにくかったり、できることが少ないっていうバイアスがかかっているがために、向いていない人も理系に行ったりするのだと思う。実際そういうアドバイスをする先生も多そうだしね。

 

―これ言ったら終わりなんだけど、そもそも文系と理系って分断してしまっている時点でダメだと思う。

 

日本批判って言われてしまうだろうけど、文系と理系という概念でのくくり方は、日本にしかないし。

 

文系って英単語がないもんね。

 

―だから、英語で説明する時すごく困るんだよね。長い(笑)

 

理系や文系を高校生の時点で決めてしまうのってどうなのかな・・・。

 

僕もそれ教育実習行って思った。

 

―もちろんさ、受験のシステム上必要なのは分かるけど、教育を根本的に変えようとしない限り、英語の授業数を増やすとか、小手先だけで何とかしようとしても、

 

何も変わらないよね。

 

せいぜいTOEICの点が上がるくらいかな。(笑)

 

文理で分けてしまうと、高校2年生の時点で人生が決まると言ってしまっても過言ではないんだよね。

 

だって、取れる学位が決まってしまうじゃん。

 

学歴だけがすべてじゃないとはいえ、学位があるからこそプラスに働く職業もあるからどの学位を取るかって結構大事だと思うんだよね、もちろん正解はないんだけど。

 

僕はなんとなく英語を極められそうだと思ったから文系を選んだけど、ひょっとしたらコンピュータサイエンスが向いていた可能性だってあるわけだよ。

 

でも、今の教育方法だと、高校2年生の時点でその可能性が無くなるじゃんか。

 

ってことは、生徒がどれだけ色んなことに挑戦したい気持ちを持っていても、それを挑戦させてあげられる環境が整っていないんだよね。

 

一方カナダでは、現地の大学1、2年生と接する機会も多かったのだけど、彼らの授業の取り方が、1年生の時は生物学、言語学、ビジネス、みたいに文理問わず履修した上で、自分の専攻を大学2年生で選んでたんだよね。

 

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もう、そんなの選び放題じゃん!

 

でもさ、日本では、選ぶ機会が高1の時点で閉ざされてしまって。

 

もし新しく学びたいことができたら、普通の人は、卒業した後にもう一度学位を取り直すか、学位が必要ないなら独学でやるしかないんだよね。

 

―単純計算しても、カナダと日本では専攻を決める時間に4年も差があるってことだよね。

 

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若い時って1年どころか、1日単位で変わっていく、成長していく時期なのに、高1の時点で自分の専攻なんて決めたって・・・。

 

今更だけど、自分たちが置かれていた環境って結構過酷だったことに気づいたわ。

 

過酷よね。

 

僕が実習に行ったのが8月だったんだけど、つい5か月前まで中学生だった子に、人生を左右する決断を促してるわけなんだよね。

 

「はぁ~?」って感じで、何とも言葉にならない色んな気持ちがこみ上げてきたよ。

 

その時点でしたい職業が決まっている人はそれに合わせて選んで、分からない人は得意な教科とかを参考にして選んで、くらいのアドバイスになってしまうんだよね。

 

でも、得意な教科なんて分からないじゃん。勉強したら好きになったり、興味が出るかもしれないのに。

 

これは高校単体の問題ではなくて、学校の制度、受験制度、社会全体の問題だね。

 

 

英語が身に着かない根本的な原因

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―教育実習中、「英語を話せるようになるにはどうしたらいいですか?」みたいな質問は多くなかった?

 

一番悲しいのが、「どうやったら英語の点数が伸びますか?」っていう聞かれ方されたことだね。

 

―そっちか~。点数だけ伸びても使えるとは限らないけどね。

 

何人かは「大学で4年間勉強して話せるようになった先生(K)を見て、勇気が出ました」とか、「どうやったら話せるようになりますか?」って聞いてくれて、英語を使うことに興味を持っている子はちらほらいるなって思ったんだけど、それが全体に波及していない時点で、「アクティブに英語を学ぼう」っていう教育方針はクリアできていないと思う。

 

使いこなせるようになりたいって思わずに英語を学んでも、意味が無い

 

―英語が大学へ行くためだけの一時的なツールみたいになってしまってて、大学に入った途端、「よし、私の嫌いな英語とはおさらばだ~」って思って一切使わなくなってしまうじゃん。

 

それが英語でなくて、数学とか他教科でも同じだけど。

 

「どうやったら点数が伸びますか?」って質問のされ方をすること自体が、英語がどのように認識されているかを全て物語っているよね。

 

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英語を話せるようになるには

 

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―日本で生まれ育った人から、「Kみたいに英語話せるようになるにはどうしたらいいですか?」って聞かれたら、何て答える?

 

勉強の仕方には、人によって向き不向きがあるから、一概におすすめの方法は提示できないっていう前提は毎回伝えるかな。

 

その上で、絶対にみんなに共通して知っていてほしいのは、とにかく英語を使って、反省して、改善を加えることを繰り返してほしいってこと。

 

基礎を学ぶのは当然必要だけど、インプットするだけなのは、あまり意味がないんだよね。

 

自分の言葉で通じたこと、通じなかったこと、通じたけど自然な表現だと感じてもらえなかったことを、実際アウトプットしてみて気づくことが大事。

 

ただ、アウトプットしたい気持ちが学んでいる人たちに無いわけではないよね。

 

たぶん、したい!って気持ちがあっても、自信の無さや、発音がうまくない人が話すと笑われるみたいな空気がなんとなく感じられるから話すことを躊躇ってしまうと思う。

 

それが、日本人がこれだけ英語を学校で勉強しても習得出来ていない要因の1つかも。

 

―発音のこととか、ごちゃごちゃうるさいよね。言っている中身が薄っぺらでも、発音さえ良ければ、できる人みたいに思われることが多いし。

 

今オンラインで英会話講師のバイトしてて、自分や他の講師のレビューを、教え方の参考にするために見漁るんだよね。

 

そこでたまに他の講師に低評価をつけている日本人の生徒で、「すごく教え方が上手で分かりやすかったけど、発音が日本人っぽかった」ってコメントを書く人がいる。

 

―出た!いるいる、そういう人。

 

もちろん、意思疎通がスムーズになるから、アクセントがネイティブに近づくに越したことはないけれど、「そこじゃないでしょ!」って言いたくなる。

 

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こういう背景があるから、頭ごなしに「とりあえず使ってください」言っても、使わないし、そりゃ使えないと思ったよね。

 

ここで教育実習中にも紹介した留学先でのエピソードを1つ共有するね。

 

やっぱり、「英語をもっと上手に喋れるようになりたいな~」って憧れが僕にだってあったし、死ぬまで憧れ続けると思う。

 

でもある時、日本語と英語を互いに教え合っていたカナダ人の友だちに、「英語上手に喋れていいな~。僕はもっと練習しないと」ってことをぼそっと言ったら、

 

その友だちは「まず、外国語である英語を使って、意思疎通が図れている時点ですごいと思うし、相手に自分のことを伝えようと努力する姿勢が尊敬できる。だいたい、たまたま僕が話せる言語が英語だっただけで、君は日本語が喋れるじゃん」って返してくれたんだよね。

 

だから、たぶん自分たち日本人が思っているほど、英語の発音が上手いか下手かは、ネイティブは気にしていないのかなって感じた。

 

むしろ言語を学習する者としてリスペクトしてくれて、必要ならいつでも助けてくれるんだなって。

 

もちろんアカデミックな場やビジネスの場では問題になってくるのかもしれないけど、使って楽しく会話をする分には、相手は、自分が思っているほど、発音の良し悪しなんて気にしていないよ。

 

何回も言うけど、会話が円滑に進む要素の1つとして発音があるのは確かで、向上させる努力はした方が良いとは思う。

 

でも発音が上手くいかないから話さないって姿勢は、厳しい言い方をすると、そもそも英語をうまく喋りたいって言える土俵にすら立ってないって個人的には思うね。

 

だから、発音に厳しすぎる日本人の英語学習に対する姿勢が変わればいいな~ってすごく思う。

 

―私たちも、英語を話したり、教えたり、質問された時に、発音の良し悪しの部分に関して、意識して繰り返し伝えていくことが必要だよね。

 

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人生にセーフティーネットを持つことの大切さ

 

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―教員を目指すことは一度辞めたけど、教員免許を持っておこうと思ったのは何故?

 

単に、「取れるなら取っちゃおう!」って理由が一番大きいかな。

 

「いつか外国で挑戦してみたい」って気持ちがあるから、自分で最大限の努力はするつもりけれど、自分の力だけではどうにもならないことが起きる可能性は十二分にあるよね。

 

それこそ、2020年11月、トランプ大統領がアメリカで再選したら、アメリカで就労する権利はほとんどなくなるかもしれないしね。

 

そういうことが、自分が働きたいと思っている国で起こる可能性は誰も否定できない。

 

そうなった時に、もちろん日本の会社に戻る選択肢もあるけど、必ずしも日本のどの会社もが歓迎してくれるわけではないよね。

 

たとえ失敗したとしても20代のうちに海外を目指したり、実際に経験を積んだことを、チャレンジしたという風に肯定的に捉えてくれる会社がまだまだ日本には多くはないなって印象を持っているんだ。

 

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―まだね。

 

それを考えた時に、いざとなったら、自分の興味がある教育っていう場所に戻れる資格があれば、心の安心材料にもなるし、リアルなセーフティーネットにもなる。

 

だからこそ海外で働くっていう大きな目標にも思い切って挑戦できるなって感じるかな。

 

まあ今のうちに頑張れば取れるのだから、教育実習へは行っておこう、って考えたんだよね。

 

実際、教育実習はめちゃくちゃ楽しかったし(笑)

 

―取ってて損はないしね。正直、履歴書的にも見栄えがいい。

 

多少方向転換を決めたとはいえ、教育自体に興味が無くなったわけではないし、教員を一生目指さないって決めたわけでもないからね。

 

 

想像とは違ったダイバーシティ

 

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―カナダ・バンクーバーは、率直に言って、どんな所だった?

 

もちろん、日本よりはダイバーシティはある。

 

英語圏だから、白人の方が多いのかな?って思って行ったんだけど、特にバンクーバーは、東アジアから来ている人が多かった。

 

でも、別に移民として移り住んだ人が肩身の狭い思いをしていることはけっして無くて、大学で教授としてバリバリ活躍されていたり、生徒も授業の中ですごく存在感を発揮していたのが印象的だった。

 

人種に関わらず、活躍する機会は確保されていると感じたね。

 

他にも「なるほど」ってなったことがある。

 

バンクーバーには東アジア人、白人、それから比率は高くないけど黒人やインド系の人もいて、人種は多種多様なのは確か。

 

ただ、僕がカナダに来る前にイメージしていた、全員が交わり合っている、という雰囲気ではなかった

 

同じ空間に色んな人々がいるんだけど、やっぱり、空気やバイブス(ノリ、フィーリング)などの先天的な理由があるからなのか、人種を超えた交流がすごく盛んに見られたわけではなかった

 

例えば休みの日に一緒に遊びに行ったり、デートしたりとかね。

 

もちろんお互いに負の感情とかを持っているわけではないとは思うんだけどね。

 

だから、自分が勝手にイメージしていた「ダイバーシティが街にある」という状況とは違ったことに衝撃を受けた。

 

―いい意味でも、悪い意味でも干渉しないってことかな。

 

もちろん、大学で行う共同制作や、ビジネスの場など、協力する必要がある場面では、何の抵抗も無く取り組んでいるけど、理由がなければ、特に交わる必要もないかなっていう雰囲気を感じた。

 

―ダイバーシティや多様性って、自分たちが勝手に思っているほど特別なものでもないし、華やかなものでもないよね。

 

個人的にすごく気になるのが、日本の私大がよく出す「国際学部創設!」みたいな広告によく使われている、白人と黒人が笑顔で肩を組んでいるような写真なんだよね。

 

ダイバーシティ=ソレ(写真のようなイメージ)ではないってことを痛感した。

 

むしろ、カナダでは、いちいちダイバーシティを意識してなさそうだなって思った。それが日常って感じ。

 

―日本でよく勘違いされているダイバーシティってソレじゃないよね。

 

人種がどうこうっていうより、育ってきた個人個人の環境の違いがダイバーシティを生んでて、カルチャーは個人単位で違うんだなっていう印象を受けた。

 

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カナダで是非行ってほしい場所

 

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―カナダで面白かった場所とか、これから行く人におすすめしたい場所はある?

 

もちろん一番好きな街はバンクーバーなんだけど、観光地としておススメしたいのはケベック!

 

―フランス語圏だよね。街並みとか、ちょっと違うの?

 

全然違う!

 

僕は旅行日程を、ケベック→モントリオール→トロントって南下していくコースを組んだんだよね。

 

ケベックの建物は、フランスに近い感じ。住民もほとんど白人か、フランス語を話すルーツを持っている黒人しかほぼいなかった。

 

ケベックの位置⤵

 

まず、フランス語で話しかけられるし、街の雰囲気が中世のヨーロッパみたいだった。

 

あとは僕は当日混んでて結局食べられなかったんだけど、ウサギ料理がおいしいお店があるって現地の人が言ってた!僕も食べに行きたい!(笑)

 

―モントリオール、トロントと南下していくと、何か変わるの?

 

モントリオールはフランス語と英語とが半々くらいにミックスされていて、トロントは完全に英語圏。

 

ケベックからどんどんトロントに近づくにつれて、アジア人の数がどんどん増えていったことが印象深かった。

 

この3都市を順々に回ると、人種の分布文化の違いが場所によって全然違うことを体感できる。

 

 

カナダで人種差別を経験しなかった理由

 

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―アジア人って言葉が出たから思い出したんだけど、Kはカナダで人種差別を経験しなかった?

 

全く無い!

 

―以前カナダ出身の方に話を聞いた時、昔はカナダにも、人種差別や、移民に対する嫌味は残念ながらあったと聞いたけど、留学先の友だちに、カナダでの人種差別に関する話を聞いてみた?

 

僕が個人的に、人種差別について質問したことはないね。

 

人種差別の話はおろか、”Where are you from?”って直接聞くことすらほとんどない雰囲気だったね。

 

個人的な予想なんだけど、バンクーバーには色んなバックグランドの人がいる分、友だちになる人を選べる

 

もしかしたら、僕が体験していないだけで、(黒人、白人等に限らず)アジア人嫌いって思っている人は存在するのかもしれない。

 

だけど、そういう気持ちを持っている人は、きっと、自分からわざわざ嫌いな人に絡んでこない。

 

だから僕の周りの友だちはだいたい日本や他のアジアの国に興味やなんらかのルーツがある人、または日本語を勉強している人が多かったかな。

 

―なるほどね!

 

だから、そういう負の気持ちを持っている人の生の意見を聞く機会が無かった。

 

カナダではアメリカみたいに攻撃的に「白人の権利がどう」とか言ってデモを起こるわけでもないから、人種に関する問題は顕在化してこないのだと考えてる。

 

―カナダ人だって人間だから、当然、色んな気持ちを抱いている人がいるよね。

 

だけど、公で言うべきでない事柄は分かっているし、自分で付き合える人を選べるってことかな。

 

 

ファーストキャリアという考え方

 

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―21年4月から働くITの会社は、定年までそこで働き続ける気持ちで入社を決めたのではないんだよね?

 

そうだね。

 

いずれはまた、どこか海外で働いてみたいという気持ちがあるから、4月から働くことが決まっている会社はファーストキャリアとして捉えてる。

 

海外で働くという僕の当面の最終目標に向けて、僕はまだまだ力不足だし、これから力をつけたいと考えてる。

 

そんな個々人の目標を尊重しながらそれぞれの成長に向き合ってくれる環境があるのが今の会社なんだよね。

 

いつか英語を使いながら、異なるバックグラウンドを持った人たちと何かに取り組んで、日々学びながら働きたいって気持ちは絶えず持っている。

 

だから4月から働き始める会社でそういう事業が出来るのであれば挑戦するし、そうでなければ、会社で培った力を活かして、新しく挑戦するつもりかな!

 

―Kの将来は本当に楽しみだね。今日はインタビューに長時間付き合ってくれてありがとう!

 

還元できるものが増えたら、鳥取に戻って来てね!